「744」
飛行機に乗るときは時刻表の使用機材の
欄を絶対チェックすることにしてるのさ。
空の旅って、とってもロマンチックでとっても優雅。
でも神様が人間に与えてくれた叡智の粋だ。
飛んで、降りて、また飛んで・・・
あんな重たいものが空を飛ぶのもすごいけど、
繰り返す「再現性」にうっとりとしてしまうのだ。
こんなに饒舌に、猛々しく暑いのに
夏はすぐに過ぎ去ってしまうもの。
暑い日は続いても、においも、光の色も、強さも、秋になってしまうもの。
夏は過ぎ去り、あっという間に翌年の夏がやってくる。
寄せる波、返す波。海での思い出。
少年の日の思い出。
少年老い易く学成り難し・・・だぞ!
だから飛行機は、夏に似ている。
盛大に離陸し、瞬く間にかの地に連れて行ってくれる。
あの人の笑顔に合わせてくれる。
でも逆に、乱暴なほど、分かれる時も性急だ。
まだ名残惜しい、最後の微笑みが記憶に鮮明なうちに
わが町に連れ戻されてしまう。
力強いようではかなさと背中合わせ。
それもまた、夏のよう。
中でも「744」と書いてあるとテンションが上がったものだ。
「ボーイング747-400を使用する便です」ということ。
ジャンボだ。500人以上もの人を乗せて北へ南へ。
空港へ行くと、待ち時間窓に指の跡をべったりつけるように手をついて、
飛び立つジャンボを追いかけたものだ。
でも今は昔。
日本でその光景は見られない。
リタイアしてしまったのだから。
今でもあの、飛び立ったまま「キラッ」と銀色の星のようになっていくあの姿
どうして忘れることができようか。
『ほんと飛行機好きだねぇ』
彼女は呆れたようにそう言った。
いや、呆れていたのは間違いない。
だからかぶせるように、ここぞとばかり男は続けた。
「そしてそのキラリ銀色の星になったジャンボはこのクルマになったのさ!!」
フロントの燦然と輝く星のマークではなく
おもむろにドアを開け、プレートの色コードを指差して、彼は続けた。
「ほら、『744』って書いてあるだろ?」
そのクルマの色はブリリアントシルバーメタリック。
メーカーが付けた整理番号は744なのだ。
『???』
彼女はきょとんとして首をかしげる。
まあ無理もあるまい。
手段を選ばず、方法を吟味しないやみくもな男の熱弁もまた、
実に「夏」のようだ。
そしてそれを聞いた彼女の不可思議な感覚は
やがて虫の声と共に秋が来れば、遠い日の思い出のように、
陽炎のように、霞んでいくに違いない。
クルマのまわりで何か楽しそうに微笑む彼女。
その微笑みを、今年の夏の思い出にしよう。
photographer:Masaru Mochida
model:Haruka Shimamura
writter:Kentaro Nakagomi