MASERATI BORA

「歴史を紡ぐ」と言う表現がある。
果たして本当にそうだろうか、とときどき思う。
時にがむしゃらに・・・
あくまでも淡々と・・・
そしていつも飄々として・・・
いつものやり方で切り抜ける。
紡ぐという表現は、
なんだか連綿と、延々と、「連続したもの」であるようで
経緯と束縛条件が次の果実を実らせ続けているような
感じがするとは思わない?
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でもそうではなくて、
もっと
孤独で、
刹那的で、
ある種「なんとか切り抜けている」感じではないだろうか、じっさいは。
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わくわくするような仕掛けがタイトロープに括り付けてあるようなものなんんじゃないか。
約束された成果ではなく、どうにか一つ一つをつかんだ偶然の蓄積なんじゃないか。
そんな風に思ったりするのだ。
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だからこそ長い歴史をもつものには
ただ漫然と長らえてきたものとは「ちょっと」、しかし「明確に」違って、
どこか優しさのようなもので包容してくれるような「おおらかさ」があるように思う。
そして、そういうものに触れた時に自然と、謙虚さと感謝の念が湧くから不思議だ。
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他方、天真爛漫なあなた。
_MG_2984
あなたは今微笑む。
その微笑みは一瞬の輝きのようなもの。
その一瞬の輝きがあなたにすてきな齢(よわい)を与えているのだろう。
老いやふけることは違うのだと思う。
やり過ごすことともまた違う。
_MG_2763
過ぎ去った過去では到底なくて、
君が微笑むほどに、
多くの人に勇気と安らぎを与え、
そして前に向かせるのだ。
_MG_2931
そしてまた微笑むでしょう、また明日も、明くる日も。
_MG_3055
あなたが微笑むように、何百年もの歴史を背負うものは、
これからも淡々と、そしてその瞬間瞬間を、最高のテンションと熱狂で駆け抜けるに違いない。
そして、きっと君の微笑みを見るたびに、長い歴史をもつものがもつような
大きな優しさ、安らぎを感じることになるのだろう。
_MG_3275
「おしまい」は、つぎの「はじまり」。
黎明の輝きを放つうちに、やがて孤高と呼ばれるようになる。そうに違いないのだ。
_MG_2682
だから
駆け抜けては佇む「或る車」の傍らで、またこれからもどうか微笑んでいてほしい。
Special Thanks:Maserati Club of Japan
photogrpher:Masaru Mochida
model:Akira (日本レースクイーン大賞2014 新人賞)
writter:Kentaro Nakagomi