MASERATI 430

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ちょっと駅まで送ってくれない?
そう言うと「いいよ」という返事の前にエンジンをかける。
少し寒い朝はやはり少し、のっけ、高回転でスタートするのが常だ。
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「早く、まだぁ?あったまったよ」
車内のことではない。エンジンだ。
しっかり温まらないうちに動かし始めるとものすごくぎくしゃくする。
君はなぜかそれを心得ている。
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ギヤを動かしている最中はブレーキをぎゅっと踏み
ドライブに繋がるか否かという時にブレーキを踏むアシを緩める。
カーブに入る際のブレーキのタイミングも完璧だ。
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タタタタと軽いビートを奏でていつもの坂を下る。下りきった先に緩いカーブがあって、そこは緩いカーブをかけたらそのままクリープだけでスゥッと抜ける。エンジンルームの中身が低重心に搭載されているからそういうところが気持ちいいのだ。
「最近このクルマモッチリとして来たよね」
全く同感である。
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しかし、しかしである。どうしてそれを彼女が知っているのだ?
「よく乗ってるのか?」と聞くと
「そうよ」と、さも当然のようにきみは答える。
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駅に着く。
「今日遅いの?」と聞くから「たぶん」と口数少なめでそう答えると、
「少し出かけてくるね」
なんなのだ!その嬉しそうな顔は。
走り際、そのスムースなドライブ、完全に自分のものにしているではないか。
正直、思わず妬いた。
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そして何にだかはわからないが取り返しがつかないことをした、と後悔している。
マセラティを操るオンナなんてのは「反則」だ。それとマセラティ。
どちらかを選ばなければならないなんて、酷な話なのだ。
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そしてその、二人だけの世界、自分が蚊帳の外になった時、この疎外感は何なのだ!
お願いだから遠くには行かないで欲しい。私は一体何におびえているのだろうか。
しかし同時に、まるで自分の命を縮めるのと引き換えにしてでも見ていたい、「禁断の
花園」を覗き見るような心地がするから不思議なものだ。
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どうしてマセラティはそう「独り占めしようとする」のか。
私の心を、進むべき道を。
リベラルや、博愛の精神などあるはずもないのだ。なぜならこれが「マセラティ」なのだから。
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photogrpher:Masaru Mochida
writter:Kentaro Nakagomi
model:Marin Kamatani