Peugeot 204

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白いシャツ、引っ越しの朝。
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寝坊である。昨夜のワインもまだ少し。
そうも言っていられない。
きつね色に焼けたパンにバターを塗ると、僕の朝も「溶け出した」ような気がした。
それをほおばり、一番手近な白いシャツを羽織った。
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「女友達の引っ越しがあるから手伝って」
そういう彼女はいつも強引にアポイントを入れる。
かなわないが、応じる僕も僕である。
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とはいえ、急だなあと渋い顔をすると、
「クルマは、なんかうちのがあるからそれ借りてくるし、帰りになんか食べない?」
ええ?しぶしぶ重い腰が上がりかけたところを彼女は畳み掛けた。
「たまにはおごってあげようか?」
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こういわれては仕方ない。
で、引き受けた次第である。
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今朝少し遅れたので駆け足で下りていくと、
昨夜のワインみたいな色の服を着た彼女がいる。
申し訳ないが「もういいよ」とか思ってしまった。
さすがに、失礼な話である。
しかし、しかしである。
「なんか」といって家から彼女が借り出してきたクルマ。
アンティークなプジョーじゃないか!!
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「これで行くの!?」
お早うを言うのを忘れた。
「そうよ。だいぶ待ったんだからね。早く行こう。」
少し膨れて見せた。
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正直僕は気が引けた。こんなのに家財道具をどかどかと積んで・・・
まあそうして使うクルマだけれども。勿体ない。
時が止まったように、時を閉じ込めたように。
まだ見ぬパリの街の全然別の時代からそのまま飛び出してきたようなこの雰囲気に「まぶしい」と思ったのは、このクルマのまっさらな白のせいではない。そう思った。
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着飾ることなく、ただただここにいるはずのない雰囲気に息を呑んだ。
だいたいフランスにかぶれ、フランスに暮らすことを夢見た僕がかつて粋がって憧れたのがこういう雰囲気。そっけないその風情に僕は心躍らせた。
「こんなの、うちにおいてきなよ。もったいない。」
そういうと、
「引っ越しに使うからっていうのは口実。こうでもしないとお父さん貸してくれないからさ。今日はこれ、見せたかったの。こういうの好きでショ?」
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そう言われては返す言葉も見つからなかった。
女の子の引っ越しは確かにこれで十分だ。その辺も心得ていたのだろうか。
隣町の新居との間を2往復したらほどなくして解散。
その彼女早速用事で出かけるのだという。
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窓を開けているとどこからともなく柑橘系の香りがふわっと舞い込んでくる。
道端のうれしい知らせにちゃんと気づけるようにフランスのクルマはできてるんだと思った。きざな話である。
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恐ろしくシンプルなほど、感動は、実に多岐に渡るものだ。
美しいとはこういうこと。
そして風が吹き込むと彼女のほほを撫でるのが見えた。
「今日は疲れた?ありがとう。何食べる?」
しばらく置いて
「ポトフ・・・」
そんなに食べたくもなかったけれど、そう口をついて出たとき、
このプジョーが自分に作用しているのを強く感じた。
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初めて会った。
「彼女の友達の新しい暮らしに乾杯だな。このままこのクルマ、うちに置いてきなよ」
彼女は外を見たまま「うん」とだけ答えた。
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柔らかい日差しが幸せ。
風の香りがさわやか。
彼女の友達の新しい暮らしを始める日。
僕のシャツが白い。
そんな普通の事実がうれしかった。
同様に、たたずむプジョーが白いこと。
すべてが自然で清々しかった。
photographer:Masaru Mochida
model:Ayami Uekusa
writter:Kentaro Nakagomi